気功師ぞうの日々 vol.3

気功というと中国4000年の歴史があると伝えられていますが、この気功という言葉が一般的に広まったのは「気功療術実践」劉貴珍1956年ごろからです。これは中国共産党公認で主に呼吸法、得脈、気を医療に用いた実践例を列挙したものです。しかしそれは気功療術の表向きの一面でしかありません。精神性や霊的な部分さらにその根源である哲学的体系(タオ)は省かれたものとなっています。それには理由があります。中国共産党はいかなる宗教も認めていません。気功には霊的な指向性、思想的および宗教的な求心力があり、ときに政府にとって強い対抗勢力となる恐れがあるためです。現にいまの中国政府は太極拳などの健康体操以外の気功活動は認めていません。わたしも中国入国の際は気功師であると公言しないほうがいいと諌言された経験があります。かつて中国を三国時代へと導いたものも後漢末期の184年に「太平道」を率いたいまでいう気功師張角が起こした「黄巾の乱」。さらに近年では天安門事件も関わりがあると気功には国家を転覆させるほどの力があることを認め、監視する組織までつくりました。それによりかなりの気功師が台湾や日本へ亡命しました。それが80年代に日本での気功ブームにつながります。また90年代に李洪志氏がはじめた気功集団法輪功は2000年代になると弾圧され、李氏は亡命し、気功家たちは捕えられ虐待されました。なぜそれほど弾圧するのか、その答えは政府高官の中にも学習者が現れたり、法輪功学習者の数が共産党党員の数を凌ぐほど国民各層に広がってきたからだといわれています。